花よりも君を見てゐたあの春が恋の沸点だつたのだらう
また今年も湖の青が桜色の枠で彩られている。
「お待たせしました」
窓辺のテーブル席に座る私の前に出された紅茶にも一枚の花弁が浮かんでいた。紅茶をすすると、その花弁は私の口から逃げるように遠く離れる。
カウンターの中ではケトルに入れられたお湯が気体になって笛を鳴らした。また別のテーブルではアイスコーヒーの氷がコトリと音を立てた。
水がその姿を変えるように、キミも姿を変えたのだろうか。
「ここから観る桜が好きなんだ」
向かいに座ったキミがそう言って笑うから、私も嬉しくなって笑っていた。
その笑顔に沸点をむかえた私の恋は、気体になって、風に運ばれどこかへ行ってしまった。
「毎年ここに来ようよ」
約束を言い出したのはキミのほう。約束を破ったのもキミのほう。
あの時はきちんと見られなかった桜を眺める。ゆらゆら揺れる桜。
「今年も綺麗に咲いてるよ」
紅茶の上の花弁に視線を落として呟くと、ゆらゆら揺れる花弁がくるりと回った。
見てゐるのか見られてゐるのか窓際の席にてひとり飲むダージリン
短歌・とがし ゆみこ ショートストーリー・川内 祐 画像・pixabay
2016年4月10日発行『楽詩Ⅴ』より
SAKURA